掲載日 2001/7/12

ちゃちゃの狭間 その11


第六十、六十一幕の番外ちゃ 続き

「藤田.....。」

さすがの古閑も閉口して、めずらしく険のある目つきで相棒を見つめた。
自室の扉を後ろ手に閉めて、その場に仁王立ちしている。

高荷恵を診療所まで送り届けてから、ここに付くまで四半時程も経っていない。

結局、藤田が家に寄ってもいないことは明白である。

だがしかし、藤田はまったく悪びれた様子も無く無造作に突っ立ったままだ。

「三島の遣した使いに出くわしてな。」

「使い?」

「あぁ、まぁ見ろよ。」

藤田がよこした紙片を手に取ると、古閑はちょっとした一瞥を藤田にくれてから読み始めた。
忽ち古閑の表情が小難しくなるのを、藤田は煙草の煙越しに眺めている。

「思ったより早いな。」

古閑は紙片を机に置くと、軽いため息をつく。

志士雄が一両日中にも、新月村に到着するという。

こちらは、大久保卿の一件で指揮系統が混乱し、事実上藤田が現場を含めた一切の指揮を任されることになった。
上層部にはそれをやろうという者も、実際 出来る者もいないからだ。

結局、今の時点では何もかも準備が整っていないと言わざるを得ない。

討伐隊はまだ集結できていないし、肝心の抜刀斎は東海道中いずこかの山の中。

そして目の前には、この男だ。
この件に関して、藤田を止める権限を持つ者はもういない。

「行くのか。」

何の感情も宿さない目で古閑が相棒に問う。

「志士雄の到着前に、三島に会っていろいろ聞いておきたいからな。」

「答えになってない、藤田。」

藤田が笑う。

そう、この顔だ....。

初めて見た時は、面食らったものだった。何故この人は戦の前にこんな顔をして笑えるのだろうと。

が、やがてそれは、戦いにおいてはどんな言葉よりも心強い支えとなった。
三番隊の強さの理由の一つはそれだったろう。

しかし.....今の古閑には、この笑顔は複雑な痛みを伴うものに変わった。

この男を、相棒とする今となっては。

そして、この男の持つものを知る今となっては.....。

「止めるなよ。」

藤田があからさまに からかう様に言う。

「俺がお前を止めるものか。」

古閑は至極真剣にそう応える。その視線が真っ直ぐに藤田のそれを射抜く。

『そう、俺達は.....。』

言葉にしない思いがその場の空気を重く穏やかに支配する。

藤田がまた笑った。

三島栄一郎を新月村に送り込む際、藤田はまったく柄に合わない事を言って送り出した。
いや、実際に口にしたのは古閑だっただろうか。

「死なずに戻れ。」と

警官である以上、どんな任務であろうと、遂行する過程で命を落とすのはやむを得ない事だろう。
だが、あの三島を、正義感が強く、ばか正直で真っ直ぐなこの男を、この任務で死なせるのは馬鹿げている。
其れはこの男の使い方ではない。

三島はもともと羅卒として局に勤めていた。新月村の出身であることと、腕が立つことを見込まれて、数ヶ月前に 上からの通達で密偵としてここに配属されて来たのだ。
与えられた仕事を、真面目に、黙々とこなしてゆく姿を見ながら、つくづくこの男は密偵に向いていないと思わずにいられなかった。

しかし、あの閉塞的な村に何の縁も無いものが入り込んで、この仕事をこなせるのかと言えば、それは在り得ない事だった。

打てる手は全て打つ。志士雄への足がかりはどんな些細なものでも利用する。それが命令とはいえ、藤田も古閑も最後まで決めかねていた。

だが、三島は自らの意思で行くと言った。

自分にしか出来ないのだから、と。


「まずは沼津の局に行く。三島からの連絡がそこに入る手筈になっているからな。」

それだけ言うと、ふらりと藤田は出て行った。

残された男はどっかりと長椅子に沈み込み、髪をかきあげて笑った。

かなりの強行軍で 沼津の警視局についた藤田は、報告を受けるなり すぐさま その足で新月村へ向かった。

一つは、志士雄が村に到着したという報告。

そして.....。

それ以後、三島からの連絡が途絶えているという報告。

志士雄が逗留しているとなれば、あの村の警備は尚更厳重なはずだ。
警戒して動かずにいるのならばいいが.....。

今まで三島がよこした報告を一つ一つ思い返してみる。

村の様子、常に駐在する志士雄の配下達について、志士雄が村に逗留する際に使う館...等。
詳細で、一見 客観的に見える記述の隙間に見え隠れする、家族を、人を、村を守らんとする男の激しい怒り。

何やらざわついた気配が身体を通り抜ける。
直に村が見えてもいい頃だ。

結構な数じゃないか。

ふと見ると、妙な格好をした小娘と、一見して村の子供という出で立ちのガキが、志士雄の配下に襲われている。

「やれやれ。」

ため息と抜刀、刺突 ほぼ一刹那で済ませ、騒ぎの中心に目をやる。

まさかの赤毛チビ。

『あの野郎、こんな所で何油売っていやがる。』

「オイ、こんな所で何 道草食っているんだ。」

次回につづけ!(< 祈りか?)

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